Les forçats de la route

La route読者のみなさん、初めまして。小俣雄風太と申します。普段はスポーツメディア「onyourmark」の編集者として仕事をしていますが、ご縁あって、この度、La routeに記事を寄せることになりました。いきなりの登場ですので、簡単に自己紹介と、今回の記事に関してお伝えします。

高校生の時分に自転車にはまり、最初はMTBを楽しんでおりました。ただ、18歳の時にテレビで目にした「ツール・ド・フランス」がその後の人生を変えることになりました。国を挙げたお祭りとして、一国の文化として自転車レースが開催されていることにすっかり魅了され、現地の実況中継を聞けるようになりたい! という思いからフランス語を勉強し、大学生の時にはフランスに留学。青春をツールに捧げました。

幸運なことに、19歳と21歳のときにツールを現場で取材する機会に恵まれ、その規模と関わる人々の多さ、全土をめぐるスケールの大きさに圧倒されました。今も、フランス7月の熱い夏はいい思い出です。帰国後は、「ロードレースを世界で一番ポピュラーなスポーツにする」ことを標榜していたRaphaで、広報担当として働き始めました。

当時のRaphaはまだ認知度の低いマイナーなブランドで、そこで働いている人たちは日本支社、イギリス本社、アメリカ支社含めみんながみんな個性的で自転車愛に満ちていました。自然とロードレースやシクロクロスの話になる環境で充実した日々を送りました。

そんなある時に、ツールのひと区間を走る「レタップ・デュ・ツール」から帰ってきたRapha Japan代表の矢野さんからお土産としてフランス語の一冊の本をいただきました。『Les forçats de la route』という薄い一冊でしたが、ちょうどその折にRaphaがこのストーリーに着想を得たPro Team Jerseyというレースウェアをリリースしていたのです。

僕もこのジャージのプロモーションをする上で初めて知りましたが、この本はどうやらフランスではツールの古典として広く知られているらしい。自転車競技=過酷、という事実を優れた筆の力で知らしめた珠玉の本らしい、ということがわかってきました。当時のRaphaは自転車に乗る際の「苦しみ」を美しいものとして讃えていましたから、この一冊から着想を得てジャージを生み出したのは必然だったかと思います。いまも販売しているこのジャージにあしらわれている格子模様は、囚人=監獄のイメージがモチーフになっています。

さて、そんな経緯で手元にやってきたこの本。いつか絶対翻訳しようと心に決めたものの、次第に衰えゆくフランス語力と、日々の忙しない暮らしの中で先送りになってきたのでした。いつか、を忘れないために、デスクにつくと必ず見える位置にこの本を置いていました。3度引っ越しをしても、この本は必ず見える場所に置いていたのです。

内容的に価値のあるものだと確信はしていたものの、発表する場所も手探りでした。薄い本とはいえ、全部を訳せばそれなりのボリュームになるためウェブ向きではないし、かといって現在の自転車雑誌でこの文字だけの原稿を載せてくれるところはあるだろうか。どちらかというと文学誌の方が向いている一冊ですが、そうなると自転車ファンには届かない。発表場所のなさを言い訳に、翻訳もせずに時間が過ぎていきました。

ロードレースの歴史を取り上げた洋書を翻訳する出版社に「未知谷」があり、高校生の時からサイスポ誌に掲載されるここの広告を見るのが好きでした。気骨ある本を優れた翻訳で出版し続ける未知谷の代表の飯島さんと先に知遇を得ることができ、遠くない将来にいつかは1冊の本を翻訳をしたいという機運が高まっていた頃でした。そんなタイミングで、La route編集部からお声がけをいただき、本にするにはボリュームの少ない、しかしウェブでは難しそうな分量のこの本の全訳掲載を快諾いただきました。ニッチで変わった媒体があるものだと僕自身もメディアの編集者として驚き半分、喜び半分。とうとう、翻訳に取り掛かり始めたのです。

今回4回に分けてお届けする「路上の囚人たち」(原題/Les forçats de la route)は、1924年のツール・ド・フランスを取材したジャーナリストのアルベール・ロンドルが大会期間中にル・プチ・パリジャン紙に寄稿したルポルタージュです。

アルベール・ロンドルは、社会派のジャーナリストで、今日もフランス語圏の由緒あるジャーナリズム賞に名前を留めているほどの存在です。しかし自転車競技に関しては、まったくの素人で、1903年に始まりフランス全土を熱狂させていたこのスポーツイベントを、スポーツというよりはむしろ社会的な事象とみて取材に臨んだようです。

初回は原書に従い最初の2日分(第1ステージと第3ステージ。このルポルタージュは一部のステージのみについて書かれています)の記事を訳出しましたが、ロンドルが全く自転車競技を知らないで取材を始めたことはすぐにおわかりいただけると思います。そして、だからこそ彼がツールの現実を目の当たりにしての驚きが瑞々しく伝わってきます。また、同時にスタートを待つ市井の人々の描写も、当時のフランスの雰囲気とツールのお祭り感を伝えてくれるものです。100年近く前にもうツールはフランス文化となっていたことがわかります。

果たして、第1ステージから381kmという長距離が示すように、ロンドルが見たものは、サイクリングというよりも過酷な肉体労働でした。常軌を逸した選手たちを見るにつけ、彼の中のツール・ド・フランス観は、その直前まで彼が取材をしていた南米の仏領ギアナの監獄で強制労働に従事する囚人と重なっていきます。

かくして生まれた「路上の囚人」という言葉は、今日でもフランスでツールを走る選手を指すのに使われます。それだけ、言い得て妙であり、またインパクトのある表現だったのでしょう。

ロンドルは理不尽や困難な状況にある人々のために筆を取り、非人道的な制度や権力者を告発する社会派のジャーナリストでした。彼の眼差しは常に奮闘する弱者に向けられていますが、それはこの本の中でも感じてもらえる視線です。

なぜ、いま「路上の囚人」なのか。ロンドルが亡くなり時が経ち、著作権の保護期間が過ぎたこともありますが、何よりも新型コロナウイルスにより、ツール・ド・フランスが延期となったことを受けています。3週間の熱狂を欠いた7月に、改めてツールとは何なのか、いかにしてフランスの文化の一部となりえたのかに思いを馳せたのです。

ロンドルが曇りなき眼で見、驚嘆し、生み出した言葉には、往時の熱狂だけでなく、今も変わらないツールの「何か」が含まれています。自転車を愛するみなさんなら感じることができるこの「何か」こそが文化と呼ばれるものの、核心なのではないかと思うのです。

2020年のツールは、8月末から始まります。この期間を通じて、1924年のツールとのギャップと共に、変わらないものも感じていただけたら幸いです。人生を賭してパリを目指す彼らをロンドルは『路上の囚人』と呼びましたが、私たちもまた、ツールという比類なき冒険に囚われていると言えるかもしれません。

ちなみに偶然ではありますが、原題のLes forçats de la routeに、“La route”という言葉が入っていることも、メディアとの縁を感じた次第です。

訳出に当たっては、能力不足のため意味の通らない箇所をカットしたり、意訳で補っている箇所があります。また、注釈も適宜入れていますが、説明不足の感は否めません。それでも、100年昔のツールの情景を読者のみなさんに少しでも浮かび上がらせることができたなら、これ以上の喜びはありません。どうぞ、お楽しみください。

(小俣雄風太)

路上の囚人たち(Vol.01)
路上の囚人たち(Vol.02)
路上の囚人たち(Vol.03)
路上の囚人たち(最終回)

小俣雄風太

(プロフィール)
1986年生まれ。90年代のMTB黎明期に選手として全国を転戦していた父の影響で、高校生の時にMTBに乗り始める。近所に住んでいた綾野 真氏(現シクロワイアード編集長)と出会い、次第に海外ロードサイクリングとそれを取り巻く文化に惹かれるようになる。19歳の時に氏に同行する形でツール・ド・フランスを取材、圧倒され以後フランス語の勉強を始める。1年間のフランス留学では哲学を勉強しに行ったはずが、自身のバイクを持ち込み、現地でのクラブライドを楽しむとともにパリ〜ルーベやロード・シクロクロスの世界選手権を観戦。大学院ではツールの文化的解釈を現代思想から読み解く試みに頓挫。しかしロラン・バルトのツール論はいまも座右の銘として心に刻む。Raphaではプレス担当としてメディア関係者とのコミュニケーションや記事の翻訳、イベントの進行に従事。高校生以来のシクロクロスもこの時再開し熱中する。2018年にフランスチャンピオンのスティーブ・シェネルと(一瞬だが)同じレースを走れたことは生涯の思い出。現在はスポーツメディア「onyourmark」、年2回発行の雑誌「mark」の編集者を務めつつ、国内シクロクロスレース(前橋、稲城、茨城)でのMC、GCN Japanでは海外ロードレースの実況を担当するなど、文章に止まらないサイクリングの魅力発信を模索している。忘れられないライドは、イタリアでフォトグラファーの辻啓に連れて行ってもらったストラーデ・ビアンケの白い道。自転車に乗り始めて18年、所有するバイクは全て鉄製でカーボンバイクにはついぞ乗ったことがないという偏りぶり。趣味の釣りと合わせ、最近はグラベルロードで海外の釣り場を開拓することにはまっている。