今年もLa routeチームでツアー・オブ・ジャパン(以下TOJ)の東京ステージの観戦に行ってきました。

昨年のTOJは僕にとって初のロードレース生観戦で、めちゃくちゃテンションが上がったのを覚えています。かつては“隠れツール・ド・フランスファン”で、中高時代にはフジテレビでやっていた総集編番組を、大学〜20代前半のころにはSKY Sports(現在のJ SPORTS)で長丁場のステージを連日観ていました。

でも画面越しに観て知った気になっていた迫力と、目の前で観る生の迫力は別物。大井埠頭にはランスもパンターニもビランクもツァベルもいませんでしたが、人間が唯一の動力源である乗り物とは思えないスピードで走り去っていくバイクを間近で見て、惚れ惚れしました。

あれから1年。ジャパンカップ、さいたまクリテリウム、シクロクロスの全日本選手権&世界選手権と、国内外のトップレベルのレースを現地観戦してきた僕ではありますが、何度体験しても生の迫力に圧倒されてしまうのは変わらず。ただ、観戦の勝手が分からなかった1年前とは違い、今年は観やすいポイントや効率的な移動の仕方も分かって、より間近でじっくり観戦できました。

ゴールを見届けた僕は、表彰式を見ようと大会本部や出展ブースが並ぶメイン会場に移動。すると奥に大きな人だかり。近づいてみると、コロナが落ち着いたことで、昨年以上に観客と選手の交流が活発に行われていました。柵ひとつ隔てたところで、お互いに健闘を称え合ったり、その日のレースを振り返る選手たち。観客が声をかけると、どの選手も気さくに会話や写真撮影に応じていました。

そもそも、TOJが8日間8ステージのフルスペック開催となったのは実に4年ぶり。スポーツイベントもこうしてコロナ前の姿に戻りつつあることがとても嬉しい。現地観戦の醍醐味は、こうして選手たちの表情を知ることができたり、実際に声をかけたりできることにもありますからね。

ちなみに個人的には、2018年、2019年、そして2022年と表彰式にプレゼンターとして登壇した小池百合子都知事が、今年は来場されなかったのが少し残念でした。東京都として自転車の活用・推進の動きが下火になったわけではなく、つい先日にはレインボーブリッジを封鎖するレインボーライドの2度目の開催が決定、また12月3日(日)に行われる多摩を舞台にしたロードレースの名称が「THE ROAD RACE TOKYO」に決まったこともアナウンスされたばかりだというのに……(あの、決して、生の小池さんが見られなくて悔やんでるわけではないです)。

さて、すべてのプログラムが無事に終了したTOJですが、僕はメイン会場に残ってしばし時間をやり過ごしておりました。余韻に浸ってる? 誰かと待ち合わせ? いや、選手たちが走ったばかりのコースを僕も自転車で走ってやろうと思ったのです。

14時30分、道路の封鎖が解除されたのを確認し、クルマがほとんど走っていない東京都道316号日本橋芝浦大森線へ。ついさっきまでスタート/フィニッシュラインがあった交差点の赤信号で自転車を止め、青信号とともにスタート!

スタート/フィニッシュ地点となっていた交差点。レースが終わって1時間ほどでご覧の通りに原状回復。
しばらく走ったところで振り返ってみると誰もいません。解放感と孤独感が半々でした。

いざ漕ぎ始めると、道幅がとんでもなく広くて走りやすい。ここを練習コースにしているライダーがいるのも頷けます。平坦だしこれは楽しいぞと思ったんですが、北部陸橋の下で折り返して南に向かって走り出すや、ものすごい向かい風を全身で浴びることに。おそらくレース中も風の向きと強さはほぼ同じだったと思うんですが、これはもうただただ苦行。あらためて橋川 丈選手(EFエデュケーション・NIPPO ディベロップメントチーム)や小林 海選手(マトリックスパワータグ)ら、最終周までメイン集団から逃げていた選手たちの化け物ぶりがよく分かりました。

こうしてレース中は柵の向こう側に広がっていた異次元の世界を、わずか数十分後に自分がロードバイクで走って追体験。不思議な感覚と妙な興奮に包まれて、帰宅の道中もずっとニヤニヤしたまんま。

ただ足元はスニーカーで、背中にはPCと一眼レフが入ったバックパックを背負った状態で踏みまくったので、完全に肩と腰がヤられました。この痛みもTOJの記念ということで、その後数日は大人しく過ごしたのでした。

(高山)

「ひとりTOJ」はご覧のショートコースで自主開催。何周かしてやろうと思ってたんですが、1周半で風に負けてDNFしました。