昨日公開したラファのこれまでの軌跡を辿った記事、「苦痛の先に今も栄光はあるか」、いかがだったでしょうか。もしかしたら「なんでこのタイミングでラファの記事を?」と思った方も多いかもしれません。

11月12(土)~11月13日(日)に開催された野辺山シクロクロスこと「ラファ+弱虫ペダル スーパークロス野辺山」に行ってきました。もともと行く予定はなかったんですが、「やっぱりいかなかくちゃ」と思い返したのは12(土)の夜のこと。理由はレースそのものを見たかったのはもちろんあるんですが、ラファジャパンを15年にわたって牽引してきた、代表の矢野大介さんがこのイベント翌日に退任されるからです。

正式な発表こそされていませんでしたが、矢野さんがラファジャパンを離れるという話を聞いたときはかなりびっくりしました。矢野さんと初めてあったのはそれこそ10年以上前ですが(サイモン・モットラムにインタビューしたときも同席していただきました)、何度かお会いしているうちに「あ、なんかこの人好きだな」と(笑)。これまで深く関わってきたわけではないんですが、僕にとってはいつからから自転車業界の頼れる心のアニキ的存在。だから「おつかれさまでした」をどうしても言いたくて。

今回の記事をつくろうと思ったのは、2021年にラファを立ち上げたサイモンがラファのCEOを退任し、そして矢野さんがラファジャパンを去るその日に、メディアとして何か発信できないかと小俣雄風太さんに相談したのがはじまりです。小俣さんと1時間半ぐらい「あーでもない、こーでもない」と電話で話しこんだ末、「ラファがサイクリングシーンに何をもたらしたのか」をテーマに執筆してもらうことが決まりました。

選手でもない矢野さんを知っている方はそこまで多くはないでしょう。けど、ラファがなかったら、サイモンがいなかったら、そして矢野さんがいなかったら今日の日本のサイクリングシーンは、きっと別のものになっていたはずです。

矢野さん、おつかれさまでした。次なる展開、楽しみにしています…!

(栗山)

 

野辺山CX終了後のステージにて。写真左から矢野さんの奥さんのマリさん、矢野さんご本人、そしてラファジャパンの社員1号だった小俣雄風太さん。