芥川賞を受賞した「ブラックボックス」(砂川文次著/講談社)を栗山から借りました。
メッセンジャーである主人公、サクマの「生きづらさと苦悩」を描いた小説です。

前半はずっとメッセンジャー業務の詳細な描写が続くんですが、個人的にはそれがいちいち懐かしかったです(笑)。配送員番号とメッセンジャーネームの組み合わせで呼ばれるところや、無線での「はい、了解しました」がだんだん簡略化されていって最後には「りょ」になるところなど、まさに自分が経験してきたリアルそのもの。しっかりと取材をされたんでしょう。

ま、「了解しました」の最終進化形は僕の先輩メッセンジャーの「ファ~」ですが(笑)。
「了解」という言葉は、舌を口腔内にくっ付けなければ発音できません。それに対し、ハ行は口を開けたまま発音できます。心拍数が上がった状態で一日に何度も伝えなければならない「了解」という言葉を真面目にそのまま発音していると、毎回毎回リストリクターでエンジンの吸気を絞っているようなもの。できるだけ消費エネルギーの少ない方法を本能的に模索した結果なのでしょう。

僕は書評家ではないため、「ブラックボックス」のストーリーの好悪を断ずることは避けましょう。
ただし、主人公サクマが抱える狂気のようなものは、あの頃のかなりの割合のメッセンジャーが密かに心に内包していたものではないかと思います(もちろん個人差はあるでしょうが)。誤解を恐れずに言えば、だから僕らは、危険で安定もせずキツく刺激的な“自転車緊急配送業”を選んだんです。あの頃メッセンジャーという職業に捕らわれた連中は、サクマの感情を遠からず理解するかもしれません。

そういう意味で、この作品の魅力の一端はサクマの職業をメッセンジャーにしたことだと、元メッセンジャーは思うわけです。
自転車乗りなら楽しく読めると思います。

(安井)