もう20年ほど前の話。雑誌サイクルスポーツに好きなページがあった。とは言ってもそれは企画ページではなくて広告だ(当時のサイスポは広告ひとつとっても個性的なものが多かった)。たくさんの自転車関連本の書影に、キャプションが添えられている。その短いが小気味良い文章を読んでいると、それだけで物語世界に引き込まれるようだった。

自転車本ばかりを作っているその出版社は、未知谷みちたにという。

90年代から00年代にかけてツール・ド・フランスなどの海外レースが好きだった人は、未知谷の本を手に取ったことがあるに違いない。「グレッグ・レモン」「ツール・ド・フランス物語」「ラフ・ライド」「今中大介 ツールへの道」「総合ディレクター ツールを語る」……ハードカバーの単行本を開くと、その中にぎっしりと詰まった情報の密度に圧倒される。注釈の多さや丁寧さ、そして自転車競技への愛が随所に滲む本ばかりなのだ。

誰もやらないなら私がやります

1990年に創立した未知谷は、今年で35年目を迎える出版社。自転車乗りにとっては自転車本の出版社に思えるが、刊行の中心はむしろ哲学書や海外文学といった人文書籍。その質の高い出版活動は、熱心な読書人に一目置かれている。社訓は「誰もやらないなら私がやります」。それはそのまま、創業社長の飯島 てつさんの美学でもある。

飯島徹、1950年生まれ。書籍編集者。青土社で「ユリイカ」「現代思想」の編集に携わったのち、1990年に出版社 未知谷を創業。海外文学や人文書を多く手掛けるが、生粋の自転車好きでもあり、欧州ロードレースにまつわる本も数々手掛けてきた。

1時間ほどの対話の中で、はっきりとわかったことがある。飯島さんは生粋の編集者であり、そして生粋のサイクリストであるということ。所有している自転車の数は「たくさん」あり、砂田弓弦ゆずるがコルナゴ本社から融通してくれたC40だとか、フランドル覇者ニック・ナイエンスが乗っていたTIMEが愛車として挙がってくるのである。ロードバイクのことを「レーサー」と呼ぶのにも、サイクリストとしての年季を感じさせる。

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ここ数年はずいぶんと積極的に動いているホダカのオリジナルブランド、コーダーブルーム。今春、La routeがホダカのキーマン2人にインタビューを行って記事化した際には、「日本ブランドとして海外ブランドにも負けない価格帯にチャレンジしていく」「目標は彼らと同レベルの戦いに踏み込んでいくこと」という発言が飛び出した。インタビューから数カ月、その“チャレンジ”、“目標”が具現化したようなニューモデル、ストラウス プロ レース2が発表された。果たしてその実力は如何に。試乗&開発者インタビューを通して、コーダ―ブルームの真価に迫る。

2023.10.09

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グラベルロードを手に入れて、イベントや日々のライドを楽しんでいる安井と栗山の2人。2023年は、日本のグラベルイベントと言えば必ずその名が挙がる「ニセコグラベル」のスプリングライドとオータムライドのどちらにも参加したが、周りを見渡すと絶賛記事しか目につかない。果たして本当のところはどうなのか? La route Talk の第6回は、安井と栗山の2人がニセコグラベル参加を通して感じた課題や、日本のグラベルシーンの行方について語る。対談の最後には、「グラベルはあんまり盛り上がらないほうがいいのかも」などという業界人らしからぬ発言も……。

2023.12.18

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人生最後に選びたいリムブレーキ用ホイール(Vol.01.ノミネート編)

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2023.10.16