苦痛の先にあったもの

全身に力が入らない。暑いのか寒いのかよくわからない。
眠気のようなものが襲ってくる。脚を回し続けているのに進んでいる感覚がない。

今回のインタビューに先駆けて、疑似富士ヒルを体験しておこうと上った富士スバルライン。もちろん「Mt.富士ヒルクライム」というイベントのことは既知だったが、自分が出場するのは時期尚早だと思い込み、エントリーをパスし続けてしまっていた。たぶんサイクリスト界隈で、やれブロンズだシルバーだというふうに、完走タイムによって序列がついてしまうことにも違和感があったんだと思う。

意識もぼんやりしてヘロヘロの状態で五合目に達したとき、僕は心の底から安堵した。この日は体調がイマイチだったのかもしれないが、和田峠でも渋峠でも車坂峠でも磐梯吾妻スカイラインでもこんなに心と身体が削られることはなかっただけに、つい冨士山小御嶽神社で手を合わせて、無事の下山を神頼みしてしまった。おかげさまで何事もなくダウンヒルをこなしスバルラインの料金所に戻ってこられたのだが、そのときには五合目で感じた不安から来る安堵とは違い、なぜか「また走りたい」という想いに変わっていた。あれだけ苦しかったのはずなのに。

2004年からスタートしたMt.富士ヒルクライム(以下、富士ヒル)は、世界遺産である霊峰富士を舞台としたサイクルイベント。平均斜度5.2%、獲得標高1,250m、距離24kmにおよぶ富士スバルラインを封鎖し、富士北麓公園から富士山五合目を目指すという、サイクリストであれば知らない者はいない一大イベントである。

否が応でも天候に左右されてしまう屋外イベントでありながら、霊峰の目には見えない力が働いてか、この20年間で「中止」はゼロ。ただしコロナ禍の影響で6月の開催が延期となった2020年大会は、「秋のMt.富士ヒルクライム」として規模を縮小して開催されたため、「第17回」としてはカウントされなかった。ゆえにスタートから21年目を迎える今年、20回記念大会が開催されることとなる。

筆者も自ら富士山を上った体験を通じて、多くのサイクリストが富士ヒルクライムに魅了され、毎年そこを目指さんとする気持ちが分かった気がした。この不思議な誘引力をもったイベントがいかにして生まれ、20年もの歩みを続けてきたのか。その背景を知るために、渋谷区神宮前にある株式会社アールビーズを訪ねた。

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