2003年、乗鞍

初めて乗鞍に上ったのは、2003年だったか、04年だったか。
当時所属していたメッセンジャー会社の仲間たち十数人と大挙して参戦した「マウンテンサイクリングin乗鞍」。
人生二度目のヒルクライムレースが、いきなり乗鞍だった。当然エコーラインを走るのも初めてで、文字通りぶっつけ本番。前日から緊張で腹を下しながらも、1時間15分ほどで上り切り、次年度のチャンピオンクラスへの参戦権を獲得した。嬉しかった。

それから、乗鞍のヒルクライムレースには毎年参加した。
タイムを縮めるために。パワーメーターを買って、トレーナーにメニューを組んでもらって、真面目にトレーニングをして、レースで上位入賞をするために。毎年数分ずつタイムが縮んでいくのが楽しかった。一時は本気で1時間切りを狙っていたのだ(結局、3分ほど足りず、達成されないままだけど)。

しかし、今から思うと、乗鞍という地の魅力はほとんど見ていなかったように思う。
レース前日に宿泊する温泉宿では、準備と整備とエネルギー補給と休息とチームメイトや練習仲間との作戦会議。せっかくの温泉も、川のすぐ傍の露天風呂という素晴らしいロケーションなのに、ストレッチに精を出すばかり。

当日は当日で、スタート地点まで行き、レースが始まると前の選手のケツしか見ない。全てを出し切ってゴールしたら、悲鳴を上げる筋肉をなだめつつ朦朧としたダウンヒル。あとはそれぞれの結果に一喜一憂しながら、渋滞に巻き込まれないよう速攻で帰る。

そんなこんなで10回以上は上っているはずなのに、乗鞍に来る目的がレース(もしくは練習)だったから、コースも景色もまともに覚えていない。僕にとって乗鞍とは、クライマーとしての力を試す場。一年に一回の計時の場。言ってみれば期末テストのようなものだったのかもしれない。

それはそれでいい思い出だしいい経験だが、我ながらなんだかなぁ、とも思う。
クライマーとしては、一番大切な場所。でも、どんな景色だったか、どんな地だったか、記憶にない。僕にとって乗鞍とは、いったい何だったのだろう。

望郷の乗鞍。
忘郷の乗鞍。

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