なんかフツーじゃない?

少しの寂寥感と共に、展示会場に置かれた新型ターマックを見ていた。

今まで僕ら自転車好きは、新しい材料、新しい設計、新しい思想、新しい形状、新しい構造、それらが夢想させる新しい走りと、それらが切り拓く新しい自転車世界にわくわくしてきた。例え買えなくても、乗れなくても、違うだろうと思うことがあれば職業上の責務として「それは違うんじゃないか」と小声で糾弾しながらも、それら新しい機材に自転車乗りとして夢を見てきた。

技術の進歩。素材の刷新。「もっといい自転車を作りてえ」という開発者たちの欲求と、彼らの知見の蓄積。それらの進化と変化が、「もっといい自転車に乗りてえ」という欲望の喚起を含めて、僕らを自転車乗りとして成長させてくれたのだ。

しかし、目の前にある物体はどうだ。

スペシャライズド社ロードラインの大黒柱であるターマックの新型は、前作SL7との差異が非常に小さい。誰かが発表前に漏らした写真がレンズの歪みによってヘッドチューブが大きく見えたせいで、コブダイという少々不名誉なあだ名を付けられてしまったが、そのヘッドチューブだって空力を少しでも改良するために前方にわずかに伸ばしたにすぎなかった。前作SL7と似ているだけでなく、何の変哲もないロードバイクに見える。

しかし、これはあのスペシャライズドの、あのターマックである。ロードレースシーンの最先端を行く最新鋭機のはずである。
ロードバイクにおいて、もう自転車技術は飽和しかけているのか。
それがSL8の第一印象であり、冒頭の寂寥感の原因だ。軽さと空力と快適性と動力伝達性を全てまとめようとすると工学的正解は一つに収斂しつつあり(エアロロードではマドンやオルトレなど異形の第5世代が登場しているが、ターマックはそれらとは違いエアロ一点突破バイクではない)、あのスペシャでさえ、もうできることがなくなってきたのではないか。

炭素繊維もそれを固める樹脂も、短期間でいきなり性能が数倍に跳ね上がるような進化は望めない。カーボン以外の新素材も今のところ聞こえてこない。ということは、重量削減には限界がある。エートスの軽さにはさすがに驚かされたが、じゃあフレームが300gになるかというと無理だろう。解析技術の向上によって、構造的な無駄はどんどん排除され、木や葉や魚や動物の骨格などと同様に、機能的究極形態に近づきつつあるのではないか。
UCIルールがもし完全撤廃されたって、力学的に理に適っている現在のトライアングルフレームの基本的構造は変わらないだろう。万能系レーシングフレームの進化は、いよいよ頭打ちになりつつあるのではないか――。

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