長い一日が始まる

2023年も終わりに近づいてきた頃、トレック・マドンSLR、スペシャライズド・Sワークス ターマックSL8、ビアンキ・オルトレRCという最新モデル3台を車に積んで、取材陣は早朝に都内を出発、沼津の富士エアロパフォーマンスセンターへと向かった。

空力設計の専門家である日本風洞製作所代表のローン・ジョシュアさんに、「空気抵抗と自転車における空力設計」について聞くためだ。そして、これら3台を風洞実験にかけ、スモークによってバイク周辺の空気の流れを可視化することで、最新エアロロードの世界に深く切り込むためだ。

ロードバイクが空力の時代へ突入して10年以上が経過した。多くのユーザーが空気抵抗を意識し始め、ハイエンド帯ではエアロを完全に無視したバイクが絶滅しかけている。そしてメーカーの広報資料やメディアに載る提灯記事では、「前作比で○%の空力性能向上」「○km/h時に○Wの低減に成功」などの謳い文句が溢れている。しかしジャーナリストの端くれとして腹が立つのは、誰も空気抵抗の本当を真面目に理解しようとしないことだ。

空気抵抗はなぜ発生し、どんな要素で決まるのか。
自転車における空力性能とは何か。その正しいアプローチは。
カムテール形状が大流行している理由とは。
最新エアロロードはどのように気流をコントロールしようとしているのか。
マドンの“穴”や、S5の二股ステムの意図とは。
風洞実験とCFDはどう違うのか。
最先端の空力設計事情とは。

そんなことも分かってないのに、エアロだなんだとぬかすんじゃねぇ。
正直、今となってはそう言いたい気分である。
“そんなことも分かってないのに、エアロだなんだとぬか”していたのは数年前の筆者に他ならないのだが。

日本風洞製作所のローン・ジョシュアさんは、取材の中でこう仰った。
「少々難しい内容にはなりますが、La routeの読者の方々には、ぜひこういうことを理解していただきたい。そうすると、自転車の世界が一気に広がるんです」

分かりやすい数字に惑わされるな。
耳触りのいい言葉で分かった気になるな。
真実を知った者だけが、本質に近づける。
「知りたいと思う心」が、世界を広く、深くする。

取材開始は9時。終わるのは夕方になるだろう。長い一日が始まる。

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