「彼が主将なの?」

駅から出て、マックでコーヒーを買い、信号を渡って慶應大学の日吉キャンパスに足を踏み入れると、やはりかつて僕が通っていた大学のことが思い出された。余裕のある土地の使い方、開放的な雰囲気、闊歩する若者たち。取材当日は曇り空で、ときおり小さな水滴が灰色の空から落ちていたが、そんな曇天を吹き飛ばすエネルギーに満ちていた。大学特有の空気だ。ここに通っていたわけではないのに、なんだかちょっと懐かしい。秋になると、この銀杏並木は見事に色付くのだろう。

正式名称、慶應義塾大学。福沢諭吉が開校した蘭学塾を起源に持つ。1868年に当時の年号をとって慶應義塾と改名、日本初の私立大学として近代教育システムを積極的に導入し、ご存じの通り今でも国内有数の名門私立大として知られている。「應」は旧字体のため、「慶応」と表記されることも多い。

同じ私立でも、名門でもなんでもない大学に通っていた筆者が所属していた自転車部、というかサイクリング同好会は、中には本格的にレースをやっているメンバーもいたが、どちらかといえばのんびりツーリングを楽しむサークルだった。

しかし今回の取材対象である慶應義塾大学自転車競技部は、インカレ上位入賞を目指すばりばりの競技部である。主将をトップに統率のとれた軍隊のような集団を想像していたら、全然違った。

主将の佐藤 岳さんは、いかにも優しそうな童顔系の長身イケメン君である。名門自転車部の主将というイメージからは程遠い。「え、彼が主将なの?」と他のメンバーに聞きそうになったくらいだ。ジャイアンというより完全に出木杉君側である。
副将の山田壮太郎さんは、端正な顔立ちのはきはきとしたスポーツマンだが、こちらも先輩風を吹かせるようなタイプには見えない。
実際、下級生やマネージャー含め和気あいあいとした雰囲気だ。撮影中も皆の顔から笑顔がこぼれる。硬派で厳しい競技部というイメージからはかけ離れている。しかし彼らが主将・副将になってから、慶應の自転車部は快進撃を続けている。

佐藤 岳さん。法学部政治学科3年で、慶應義塾大学自転車競技部主将。中学時代はサッカーに熱中していたが、全国には通用しないと判断。「なにか新しい競技を……」と考えた結果、高校1年から自転車競技を始める。進学した高校に自転車部はなかったが2~3年のときにインターハイに出場。大学進学後も自転車への情熱は途絶えず、自転車競技部へ入部する。
副主将の山田壮太郎さん、法学部政治学科2年。佐藤さん同様、中学まではサッカーに明け暮れ、高校から自転車を始める。高校に自転車部がなかったため、家から近いショップ、ビチクレッタシドのクラブチームに所属しレース活動をスタート。店長である安藤光平さんの元で学びながらレースに熱中する。「スタジアムスポーツであるサッカーとは違い、自然の中で行うスポーツであるロードレースに惹かれたんです。テレビでツールを観たときに、『これだ!』と」。高校2年のとき、ジュニアロード強化指定選手に選出された。大学でも自転車を続けたいと思い、自転車部へ。

インタビューの前に、メインカット用の撮影をさせてもらう。当日、撮影のために集合してくれたのは13名だが、バイトや就活などで参加できなかったメンバーも多く、現在は総勢29名が在籍しているという。

佐藤さんと山田さんは、撮影のためにトラックバイクを持ってきてくれていた。

「お、T4にギブリ。さすが慶應」

というのは門外漢の勝手なイメージであって、よく見るとサーヴェロのT4は傷だらけでかなり使い込まれている。2台ともOBから受け継いだものだという。

佐藤さんと山田さんのトラックバイク。サーヴェロ・T4はOBからの寄付、カンパニョーロ・ギブリはOBからの支援金で購入したもの。「トラック競技は機材の差が出ます。現在、機材的には最高レベルのものを使わせてもらっているので言い訳できません。早慶戦ではコンマ1秒以下の差で勝てた種目がありますが、それはこの機材のおかげでもあります」(山田さん)
ジャイアントのTCRは佐藤さん、ピナレロのガンは山田さんのもの。「ロード用の機材は完全に自腹です」(山田さん)。佐藤さんと山田さんは2人ともバイトをしながら競技を続けている。慶應大学自転車競技部のメンバーは、横浜市にあるプロショップ「ハートビュー」でお世話になることが多いという。

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