革命の終焉

速くなりたいというより、上手くなりたかった。
だから、従来のパワーメーターには食指が伸びなくなっていた。
人間が今どれほどの力を出しているかを表示するだけのそれらは、「速く走れるようになるためのツール」もしくは「ペース配分のための計算機」でしかなかったからだ。

僕が自転車を始めたとき、パワーメーターはSRM11987年に特許を取得したクランク型パワーメーター。多くのプロチームが導入した。とパワータップ2ハブ型のパワーメーター。ホイールを交換するだけでパワー計測が可能になる手軽さが魅力だったが、ホイールとしてのトータル性能が低下しやすいというデメリットがあった。が主流で、パワートレーニングがホビーレーサーにまで下りてきつつあった。僕もパワータップのホイールをいくつか買い(SRMは高すぎた)、ヒルクライムのトレーニングに使っていたが、タイム短縮に熱心ではなくなったことを機に、手放してしまった。

そうしてパワーメーターとは無縁の自転車生活を送っていた2013年、日本の大手電機メーカー、パイオニアがなぜか突然自転車用のパワーメーターを発表する。
それは、速くなるためのみならず、上手くなるために非常に有効な処方箋であるように思えた。

パワーメーターには、変形を計測する歪みゲージの位置によって、クランクアーム型、クランクスパイダー型、クランクシャフト型、ペダル型、リヤハブ型などに分類できるが、パイオニアはクランクアーム型。クランクアームの内側に歪みゲージを接着し、ペダリングパワーによるクランクのわずかな変形を計測する構造である。

異なっていたのは、クランク回転方向にかかった力(接線方向の回転に有効な力)と、回転には寄与しない力(法線方向の無駄な力)。という2種類の力を計測し、その2つの力を合成してベクトルとして表示したことだ。これにより、力の大きさだけでなく、クランクにどちら向きの力がかかっているかが分かるようになった。
キャリブレーションは専用の重りを使って接線方向と法線方向の2種類のたわみを計測して行う。「アルミのようなしなりの直線性がないので難しい」との理由から、カーボンクランクには対応しなかった。

このイラストで上から下にかかっている力の向きが接線方向。クランク位置が3時のときに真下に力がかかっていれば、接線方向100%/法線方向0%となり、力が全て回転に変換されることになる。ペダルシャフトを横向きに押している力の向きが法線方向。クランク位置が6時のときに真下に力がかかっていれば、接線方向0%/法線方向100%となり、力は全く回転に変換されず、無駄となる。(出典/シマノ)

また、ペダリング効率という数字を表示したことも特徴的だった。ペダリング効率とは、接線方向の力を力の総計で割ったもの。計算式で書けば、

ペダリング効率(%)=(接線方向の力の合計/全ての力の合計)×100

となる。

100%とは綺麗に接線方向のみに力をかけている状態で、実際にはそのようなペダリングはできない。当初は「引き脚が全くできていないペダリングでは30~40%、一般のサイクリストで40~50%、綺麗に回せる人で60~70%になる」と説明されていた。

従来パワーメーターの主な機能であったパワー計測だけでなく、ペダリングの中身が見られる新世代のパワーメーター。パワーメーターとしての機能は、この製品のごく一部にすぎず、パワーメーターではなく「ペダリング解析ツール」と表現すべきものだった。製品名が「ペダリングモニターセンサー」となっていることからも、「単なるパワーメーターではない」という設計者の意思が伺えた。

パイオニアの「ペダリングモニターセンサー」。当初は、既存のクランク(当初はシマノ・デュラエース9000系、7900系に対応)に後から接着するという販売形態。専用の工具や治具を用いてセンサーをクランク表面へしっかりと圧着させなければならず、それには半日ほどを要するため、クランクをパイオニアに送付して取り付け・キャリブレーション後、納品というプロセスを必要としていた。(出典/パイオニア)
専用メーターでペダルにかかる力がベクトルとしてリアルタイムで表示された。左の円が左脚の状態、右の円が右脚の状態。赤の矢印が回転に寄与する力を、青色の矢印が回転とは逆方向にかかっているマイナスの力を表している。直感的に分かりやすい表示である。(出典/パイオニア)

なるほどこれは、上手くなる・・・・・には最高の道具だ。

そう思って、デリバリーが開始されてすぐに使わせてもらった。予想通り、非常に面白い、極上のおもちゃだった(最初使ったときはメーターの表示を注視しすぎて車に激突しそうになった)。
これは、自転車乗りの脳を「大きなパワーが出たから喜ぶ」から「同じ身体的負荷でより速く走る」(もしくは「同じスピードをより少ない身体的負荷で出す」)というフェーズへ強制的に移行させる力を持った製品だった。

しかし問題は、これをどう使えばいいのか分からなかったことだ。
ペダリング効率が数字で表示されれば、どうしても100%を目指したくなる。しかし、機械効率100%は、人間に無理な動きを強制することになる。かといって、「○%がベストです」というような答えも用意されない。

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