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厳しい環境が育てた「ものづくりの町」

越後平野と信濃川を抱く広大な新潟県は、日本有数の米どころとして知られている。しかし、その地形が故、古くから幾度となく信濃川が氾濫し、大きな水害に見舞われてきた(信濃川は、日本で最も長く、水量の多い河川である)。
加えて豪雪地帯でもあり、冬季は農作物が実らない。そのため、農業以外の生業が必要とされ、燕三条地域では農民たちの冬期間の副業として、和釘わくぎ(炭素量の少ない鉄を手打ちで成形した角軸の釘。日本家屋の建造に欠かせない)の製造が推奨された。1625年、江戸時代のことである。今から400年前、燕三条の人々は、江戸から招かれた職人に教わりながら、鉄を叩いて和釘を作り始めたのだ。

当時、首都機能を持ち政治の中心地でもあった江戸では、急激な人口増加で家屋が密集し、火災が多発していた。焼け落ちた家屋の再建のため、和釘だけでなく、かんなのみのこぎりなどの需要も高まったことから、燕三条は金属加工の町として発展していく。

新潟には中国地方で生産された鉄を運ぶ船の発着港があり、燃料として欠かせない木炭の生産地が近いなど、金属加工にとっていい条件が揃っていたこともあり、燕三条にはプレス加工、鍛造、金型製作、精密板金、研磨、表面処理などの金属加工技術がさらに集積していく。厳しく長い冬を耐え忍ぶ新潟県民の気質もいい方向に働いた、と見る向きもある。そうして現在、燕三条は世界有数の「ものづくりの町」という地位を確立させている。
なお、燕三条とは、新潟県の中心に位置する工業が盛んな2つの市、燕市と三条市を合わせた呼称であり、燕三条市という地名は存在しない。

相場産業の工場は、そんな燕三条(新潟県三条市)にある。周囲には数多くの工場が並び、通りを歩くとそこかしこで金属の加工が行われている。こっちの工場ではドシンドシンと力強い鍛造を、あっちの工場では盛大に火花を散らしてなにかの切断を、という具合。まさに金属加工のメッカ。

相場健一郎さんに案内され、相場産業の事務所の裏手にある工場に入ると、内部にそびえ立つのが巨大な鍛造機械。高さは優に5mはあるだろう。

しかし静かだ。あの「ドシンドシン」がない。

「あぁ、ちょうど今、金型の交換をやってるところですね。これはちょっと時間がかかるかもしれません」

相場さんが無慈悲にそういう。
そんな。せっかくここまで来たのに。
金型の交換が終わるまで、しばし待つことにする。

相場健一郎あいばけんいちろうさん。1979年、新潟県三条市に生まれる。中学卒業後に渡米、ニューヨークでグラフィックデザインを学ぶ。帰国後、家業である相場産業の4代目社長に就任。2011年に自転車工具ブランド「RUNWELL」を立ち上げた。

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