良車薄命

いい奴から先に死んでいく、とは銀幕のスターの決まり文句だが、いいバイクから先に消えていく、とは一介の自転車評論家風情の戯言である。

もちろん、「いいバイク」の基準は人それぞれだ。加速のよさ。高負荷域での鮮烈な走り。夢のような登坂性。快適性。見た目も大事だし、なにより剛性だという人も、軽さ命という人もいるだろう。体重・好み・ペダリングのクセ・乗り方・自転車歴・脚質・パワー・常用速度域などによっても正解は変わる。それを突き詰めれば宗教論争や禅問答に収斂していくのが常であり、それが自転車趣味の醍醐味でもある。

ただ一つ、重視するポイントや目的や個人差にかかわらず断言できるのは、「乗りやすい自転車はいい自転車」ということである。
「乗りやすさ」とは曖昧な表現だが、その内容を分解して列挙するなら、ロードバイクとしての基本性能がしっかりしていることを大前提として、思い通りに反応する、素直に曲がる、リラックスできる、一体感がある、ペダリングしやすい、疲れにくい、などだろう。ポジションが自由にかつ容易に変更できる、パーツの汎用性と入手性、整備性に優れる、なども含まれる。

ただし、そんな「乗りやすさ」は、数値化できず、曖昧で分かりにくい要素であり、長期運用して初めて分かる性能でもあり、カタログスペックには表れない。従ってメーカーもそこを積極的にアピールしない。
商品を売るためには、分かりやすい魅力 ――空力や軽さや剛性など―― を一生懸命訴えかけねばならず、結果として「数値スペックを謳いやすい自転車」ばかり作るようになり、そういう自転車が世に溢れる。それが市場の原理であり、現在の実情だ。

だから、実際の世の中は狡猾で外ヅラがよく金勘定が得意な奴ばかりが成功するのに似て、キラキラしたスペックてんこ盛りのバイクばかりが注目を集める。一方、「乗りやすさ」を重要視した地味なバイクは売れない。「いいバイクから先に消えていく」のである。だからタイムは現在の市場で撃沈しているのだ。

ただし、いいバイクでも分かりやすい魅力とセットにすれば生き残れる可能性がある。アンカーやヨネックスは意図的に「乗りやすさ」を織り込んだ設計をしているが、彼らは「乗りやすさ」が売りになるとは思っていない。「それはロードバイクに必要な要素である」という信念を持っているから織り込んでいるのであり、価格や見た目や空力性能や軽さなどの分かりやすい魅力と抱き合わせになっているので、市場で評価されているのだ。そこはメーカーとして、技術者としての良心かもしれない。

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