迷子から得た2つの教訓

昨年の秋、東京のど真ん中で迷子になった。連泊していた高層ホテルを出て、しばらく駅方向へと歩いてからスマートフォンを置き忘れてきたことに気づいたのだった。戻るかどうか逡巡したが、すでにホテルがだいぶ遠いのと、また20階まで登るのが億劫になってそのまま進むことにした。いずれにせよ待ち合わせの約束があったから、戻っている時間はない。スマホが無いから小銭で切符を買い、改札を通った。

そこからが大変だった。駅を降り、まず交番で道を訊く。待ち合わせの店の名前はうろ覚えだから質問も要領を得ないが、回答も要領を得ない。若い巡査は紙の地図を広げて「天ぷら屋か……」と悩むばかりであった。見かねて奥から出てきた巡査部長とおぼしき年配の男性が、「昼にやっている天ぷら屋なら〇〇だろう。右手の交差点から坂を下って左手」と断じたのを頼りに進む。

僕はいまや、スマホひとつないだけで、自力で目的地にたどり着けない男なのだった。しかし、巡査部長の言葉を頭の中で反芻しながら街を注視して歩くのは、愉快な体験であった。軒先のひしめき合う感じや、坂に建つ建物の土台の角度や、街にあふれる看板のフォントの違いだとか、google mapを見ながら歩くと見落としていた風景が感得かんとくされて、それはよい迷子体験であった。

この体験の教訓はふたつある。ひとつ目は、知らない道を迷子としてゆっくり歩くと、街の風景が鮮明に立ち上がってくること。ふたつ目は、その土地をよく知る人の言葉はだいたい正しいということ。

そんな旅をいつかしてみたい、と思った。

思いの外、その機会は早く訪れた。しかも、それは自転車旅なのであった。

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2022.12.07

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2021.10.15

interview

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column

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