第9ステージ

ツール・ド・フランスに1000万のフランス人が熱狂

ニース 1924年7月8日

狂気というものが、人間の自然な状態であると思うことには、もうすっかり慣れた。ツール・ド・フランスを追いかければそれを理解するのに充分だ。

先の6月19日に、誰かが私にこう言っていたら、彼に精神病院入りを勧めていたことだろう。「あなたはこれから、800万のフランス人が屋根の上で、テラスで、バルコニーで、路上で、広場で、木の上でギグを踊るのを見ることになるんだよ」

これにはひとつ誤りがあった。数字である。甲高い声で叫ぶフランス人の数は、1000万人なのであった。

識者によると、パリでは、夕方6時のブーローニュの森の歩道で、砂埃舞う1立方メートルに8万9750もの細菌を数えることができるという。この科学者が言うには、地下鉄でならその数は9万2725に及ぶ。そしてダンスルームでタンゴが演じられた後には、細菌の数は42万まで増える。しかしそれは、取るに足らないことだ。

有用なデータをとるべく、私はこの博士に同乗してもらうよう頼み込んだ。砂埃の1立方メートルに、ツール・ド・フランスの細菌の数を計算してもらうのだ。

機材をたっぷり携えて、博士は私のルノーの助手席に座った。彼は一日中、あくせくと働いた。ルノーはもはや自動車ではなく、研究所となっていた。フィニッシュのニースで、彼は言った。

「ツール・ド・フランスにおける細菌の数は、空気中1立方メートルに、1700〜1900万だと記事に書くがよい!……」

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