プロローグ:とっさのプロポーズで撃沈

「じゃあ、結婚しよう」

彼女と同棲をはじめて4年が過ぎていた。その間に僕は自転車と出会い、あらゆるところを旅して回るようになった。いつの間にか僕に本当の喜びを与えてくれる存在は、家で待つ彼女ではなく、旅の相棒である自転車になっていた。
バイクパッキング、ロングライド、各地で行われるレース。
自転車遊びで家を1週間以上空けることもざらになっていたそんなあるとき、彼女に突然「別に好きな人ができた」と告げられた。

とっさに彼女をないがしろにしていた自戒の念と、4年も連れ添った責任から口をついて出たのが冒頭の台詞だ。彼女を繋ぎ止めるための最後の切り札として。

が、これですんなり結婚できていれば、僕はヒマラヤになんて行っていない。
いい歳して、何のプランも立てずに、マウンテンバイク一台だけ担いで。

こんなアクシデントのようなプロポーズが成功するわけもなく、彼女は新しい男のもとへと出ていってしまう。これが2016年夏の出来事。

惨めさ、恥ずかしさ、情けなさ。いろいろな気持ちが交錯して、しばらくは仕事に没頭することでしか自分を保てなかった。こんな自分を救うためにも、彼女を忘れて新しい人生の一歩を踏み出すためにも、何かリセットが必要だった――。

こうして僕のヒマラヤ傷心旅行の計画がスタートした。といっても計画らしい計画は立てず、行き先と出発日を決めただけ。2017年1月、僕はマウンテンバイクを担いでヒマラヤに向かったのだった。

川口真平(かわぐちしんぺい)。1983年、鳥取県生まれ。「メキシコを旅したい」とブルーラグで自転車を組んでもらって以降、同店のスタッフと親交を深め、日本各地でバイクパッキングやライドを楽しむようになる。乗るだけでなくパーツ収集も趣味で、自分なりに組んださまざまなバイクを10台以上所有する自転車エンスー。ちなみにLa routeでおなじみのフォトグラファーの田辺信彦さんとはおよそ10年来の自転車遊び仲間。

DAY0:自転車でエベレストが見たい!

そうだ海外に行こう。

2016年は大変だった。
2回目の人生の転機。実は1回目も女性との別れがきっかけだった。そのときは傷ついた心を癒してもらおうと、屋久島の山中へ入ったのだった。
現地で猿を食べる秘密の地区があるという貴重な情報を得て探したが、見つけることができず、代わりに鹿を食べたことを覚えている。

今回の傷心旅行はそのときから一転、南国の島でパーッと過ごそうとも考えた。
ビーサンでポタリングしてダイビングしておいしいもの食べて、あわよくばビキニ女子大生とビーチでのんびりだ!
早速、女子大生が行きそうな人気のリゾートを調べていくと、あることに気がついた。おひとりさまだと料金が高い。
ホテルやらダイビングツアーやら、何から何までひとりだと1.5倍以上の料金になる。やはり南国リゾートはカップルや友達みんなで行くところだったのだ…。

ということで仕方なく、再び山に行こうと決めた。山といえばエベレストだ。実際に自転車でエベレストに行った人はいるのだろうか。

ネットで「自転車 エベレスト」と検索しても、出てくるのは、どうやら過去にチャレンジしたアメリカ人の写真が一枚だけ。歩いて行けることは分かったが、自転車での行き方については情報がまったくない。

さらに調べて分かったのは、エベレストはヒマラヤ山脈のひとつでチベットとネパールの国境にあること。
世界一高いのはエベレストだが、同じくらい標高の高い山がヒマラヤにはごろごろあること。
首都から結構遠いこと。
標高の高さゆえ、季節や時間帯によっては気温がマイナス10度以下になること。

ここまで把握できれば十分。リサーチは終了。
あとは現地に着いてから決めよう。エベレストが見えそうなところまで自転車で行ってみよう。

早速スカイスキャナーで1番安く行けるネパール便のチケットを取り、『地球の歩き方』を握り締め、今回の傷心旅行をはじめることとした。

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