自衛隊基地で家族を想う

4日目は、左側に姫路城を見ながら北上、日本海に向けて進路を取る。2,700kmの中ではかなりの山岳地帯で獲得標高は多いものの、ゆるやかに上るコースであった。比較的遅めのスタートだったので、朝の寒さは回避される。播但線を見ながら進む。
コンビニがなくなりそうなので、ローソンに入る。「この弁当温まってないです」「温めはセルフレンジになっております」。このブルベで3度目のセルフレンジ忘れ。疲れか?

惰性で進む割に景色が綺麗なのを覚えている。渓谷では透き通った音をたてながら水が流れ、古びた橋脚を潜る。木々から光が差し込み、程よい風に揺れている。

兵庫の山岳を走り、北上して京都の海方向へ進む。コンビニが少ない。写真はトイレに寄った鶴居駅。
さらに奥に進むと、新野へ。水を田へ汲み上げる水車があった。昭和30年代には1.5kmの間に18基もの水車が稼動していたが、徐々に減少し昭和50年には3基を残すのみに。そこで、村おこしとして地域住民の力で水車を復活。今では11基の水車が活躍し、昔ながらの田園風景が復活している。
源流には鉄橋がかかっており、山らしい道。

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