ん? 冷える? 冷えるな。気のせいか、本州とは空気が違う。
SURLY乗りの青年と函館のチェックポイント、ファミリーマートキラリス函館店まで一緒に走る。
「ここまっすぐですか?」
「右かもよ」
「あれ? 一本違くないですか?」
「まぁいいんじゃない?」
「そうですね、キューシートもフリー区間ですから大丈夫でしょう」
自分がGPSを使っているのにルートを間違える。うぅ、気まずい。北海道上陸から15分も経っていないのにド天然発揮。
30分ほど走り、函館のチェックポイントに到着。同じフェリーに乗った参加者がほぼ全員集まっていた。立ち聞きしていると、半分は函館に宿泊とのこと。自分は先を急がねばならない。今日の宿、森町ビジネスホテルフレスコはここからさらに45㎞先。グロスで考えると3時間近くかかる。あらためて14時の青森発に乗れたことがよかったと思った。
国道5号を北上。
八郎潟で会ったYさんが「森町? あそこの傾斜は緩いよ。そもそも北海道は凍結するから、急な坂道作っちゃダメなんですよ」と言っていたことを思い出す。
夕日はすっかり落ちた。さらに空気が冷たくなる。函館からひたすら暗闇の国道5号線を上る。北海道特有の幅広い対面道路。両側には住宅街。
予想はしていたが……困った。路面のいたるところが手のひら大に割れて、落とし穴状態になっている。地元茨城では想像もつかないが、北海道ではアスファルトにしみ込んだ水が凍結することで割れるらしい。
アルテグラのカーボンホイールにIRCのチューブレスタイヤ。悪いことは考えないようにしよう。上っているとHさんとSURLY青年が一緒に走っているのが見えた。
「今日はどこまでですか?」
「自分は八雲まで。彼は室蘭までだよ」とHさん。
この時、19時半。自分は21時宿泊到着予定だが、Hさんは八雲で23時、SURLY青年の室蘭着は夜中すぎの予定だという。タフさが半端ないと思えたと同時に、自分も彼らと同じ土俵で走り続けていることを痛感した。自分がパスすると彼らも付いてくる。
斜度は3%から5%。左右のペダルを繰り返し踏む。パワーは150Wから170Wに、170Wからときに200Wに。
北海道を進む。明るければ右に北海道駒ケ岳が展望できるはずだが、今は暗闇が自分を包む。
街灯と車のライト、割れた道路、そして荒い呼吸、肺に冷たい空気、荒い呼吸、荒い呼吸……ダンシング。気が付くとトンネルが見えた。トンネルをパスしていると「ゴオオォッ!」っと6輪トレーラーが猛スピードで脇を通過する。駒ケ岳裾の大沼・小沼を森町までダウンヒル開始。
トレーラーにあおられる。急に出現する落とし穴。「ダダッ」「ガガガッ!」とハンドルに衝撃が伝わる。後ろにいた2人の気配はもうない。スピードが乗る。右、左、ときにホップ。運命は神に任せ、暗闇を切り裂いていく。
記憶の薄い、長い長いダウンヒル。森町のコンビニの灯りが見えた。スッと入り、うなだれて大きく息を吸う。
「シャー」「キィ!」ブレーキ音が2人の到着を教えてくれる。会話も交わさず3人は店内に入った。夕食を調達した後も、ビジネスホテルまではさらに100mほど住宅街を抜けるダウンヒルだった。
到着したのは22時近く。ホテルの主はロビーでテレビを見て待っていてくれていた。
「今日はどこから来たんだっけ?」
「秋田能代スタートです」
「いやぁ、よかったね。夜の北海道は結構危険だよ」
と苦笑いをもらった。
フェリーが入っているので実走行はそれほどでもなかったが、長い一日だった。盛大に疲れ、体は泥のようだった。充電器を接続し、天気と風向きを調べ、体を引きずり湯船につかる。洗濯はできずに消臭剤を掛けただけだった。
ただ、この日のベッドは、まるで母鳥の羽毛と柔らかな葉で作られた巣のよう。その暖かさに、生き延びた喜びを感じた。