やっと実現しました。ピーター・デンクさんへのインタビュー
30分+αという限られた時間ではありましたが、聞き出せたことはほぼ全て文字にして、皆さんにお伝えできたのではないかと思います。

文中に「新たな疑問が生じた」と書きましたが、デンクさんの「エートスのフレーム剛性」についての回答には本当に驚きました。詳しくは本記事をぜひ。

そうそう、フレームの剛性に関しては、数か月前に面白い出会いがあったんです。会員になってくださっている読者の方からこんなメールが来ました。

「Facebook<古式マウンテンバイク同好会>を管理している本田と申します。
マディフォックス物語CAMBIO工房佐々木さんのブログで知り、以来La route会員登録を行い様々な記事を興味深く拝読しています。
(中略)
安井さんがインプレッション記事で議題に出す走りの軽さについて、バイシクルクラブ誌初代編集長・故佐藤晴夫氏が執筆された記事に非常に興味を引く内容を見つけました。
(中略)
佐藤編集長の切り口に安井さんは喰いつくはずです」

なんだか面白そうなので、連絡を取り合い、後日編集部にそのコピーを持ってきていただくことに。
本田さんは、知的で物静か、しかしその中にはマグマのような情熱を秘めているような、そんな方でした。

記事のコピーを持ってきてくださった本田さん。現在、スギノテンションディスクの修復作業に没頭中とのこと。

持ってきていただいた記事は、1991年のバイシクルクラブに掲載された、「走る自転車 走らない自転車」と題されたもの。執筆された佐藤晴夫さんは、バイシクルクラブ初代編集長であり、デザイナーとしても活躍されていた方です。

これが本当に面白い。思いっきり喰いついてしましました(笑)。
「世の中には、『走る自転車』と『走らない自転車』が存在するが、それはどんな要素によって決定されるのか」を考察した記事です。
転載の許可をとっているわけではないので簡単に記すと、

・ウィップをなくせば(剛性を上げれば)パワーロスは防げるが、人間が踏み負けてしまう。
・ウィップは必要だが、BB部の変形は後輪に舵角を付けてしまい、無視できない走行抵抗を生む。

との説明があり、「後ろを引きずるような印象のフレームは、踏み込んだときに後輪に舵角が付き、後輪の転がり抵抗が増大しているからではないか」と考察され、ホイールの舵角と走行抵抗の関係を示したデータも載っています。
これは、「トルク付加時の後輪の舵角」という観点に着目したアンカーのプロフォーマットの設計思想と完全に軌を一にするものです。アンカーがプロフォーマット第一弾RS9を発表したのが2015年。1991年にこんな記事があったなんて驚きです。

もちろん僕は、アンカーがプロフォーマットを発表したことで、「チェーンステーの変形による後輪の舵角が走行抵抗を生む」ということは知識として蓄えていましたが、改めてこのような記事に接すると、僕が今まで数々のバイクに乗って感じて考えてきた「剛性感/しなやかさ」と、「進む/進まない」との関係性に、リアルな実感を伴うヒントを与えてくれるものでした。

佐藤さんは、「しなやかで、かつ後輪舵角が付きにくい自転車」が、「気持ちよく、かつよく走る自転車」なのではないか、と推察されています。前後のフレーム剛性のバランスについての記述には、デンクさんの主張と驚くほどに通っている部分があったりします。

さらに、佐藤さんの記事の中に、こんな一文があります。
「最近マウンテンバイクで流行のエレベートしたチェーンステーは、BBシェルを支点にしていないため、ウィップの影響を受けにくいという点で考えやすいフレームである。チェーンがチェーンステーにあたって歯とびするのを防ぐためとされているが、生身のエンジンにふさわしい程度のウィップを残しながら、しかも後輪の姿勢を崩さないという点で、なかなか有効なフレームワークだと、僕は以前から思っていた」

エレベートしたチェーンステー=エレベーテッドチェーンステーは、90年代にMTB界で流行った構造。チェーンステーがチェーンの上を跨ぐように取り付けられているのが特徴で、チェーンが暴れることによるトラブル(チェーンリングとチェーンステーの間にチェーンが挟まって走行不能になるなど)を回避するために考案された、とされています。

本田さんが入手され、手を加えられたニシキ・レボリューション。その走りは……

実は本田さんは、面白そうな自転車に乗ってこられていました。
1990年の、ニシキのレボリューション。そのエレベーテッドチェーンステーを採用したMTBフレームです。
ヤフオクでうっかり(?)落札してしまったというこのフレームを、Rew10worksでヘッドチューブを差し替え(!)、ディスク台座を増設し、各部に補強を入れ、ダボを除去し……と現代的にアップデートされたそう。

その新生ニシキに乗ってみたところ、そのあまりの乗り味のよさにびっくり仰天され、その理由を探っているうちに、前出の記事にたどり着いたのだとか。そして前出の一文を読んで、我が意を得たり、だったそうです。「乗り味いいな」で終わるのではなく、その探求心には頭が下がります。

なんと本田さん、「もしよかったら乗ってみてください」と言ってくださいました。
お言葉に甘えて、編集部の近所を一回りさせてもらったら、僕もびっくり仰天でした。
見た目通り、BB周辺はかなりしなります。でも、パワーが無駄になっている感じがしない。すごく気持ちよく、滑るように進むんです。ハンガーをふわりふわりとスウィングさせながら、スイスイと流れるように進む。

その振る舞いは、武道の達人の体捌きのよう。柔よく剛を制すとはまさにこのことです。
これは今まで体験したことのない、不思議なペダリングフィールと走行感でした。

もちろんパーツもホイールもタイヤもロードバイク用とは異なるため、いつもの試乗経験と並べて比較することはできませんが、フレームの気持ちよさは明確に感取できるものでした。
トルク付加時のチェーンの張力に耐えるチェーンステーがないので、BB~エンド間を縮める応力に耐える力には乏しいはずですが、「後輪に舵角が付かない」というメリットがそれを上回っている印象。

いやー驚きました。トラブル回避のために考案された構造が、実は「走る自転車」の条件になっているのではないか説。面白いでしょう? エレベーテッドチェーンステーでロードフレームを作ってみたくなりました。

ニシキのエレベーテッドチェーンステー。アンカーがプロフォーマットを開発しているとき、「チェーンステーはないほうがいいな」などというジョークが飛び出したそうです。チェーンステーがBBのウィップを後輪に伝えて舵角がつき、走行抵抗を生じさせるためです。ということは……? ちょっとこれ、面白くないですか?

他にも本田さんは興味深い記事のコピーをいくつか持ってきていただいたのですが、「テンションディスク/スポークホイール/ソリッドディスク その特性の違いは……」という、ホイールの剛性感に言及した記事も同様に興味深いものでした(この記事を執筆されたのも佐藤晴夫さんです)。
数種類のホイールを数々の試験にかけ、その結果とインプレッションを照らし合わせるという企画です。

スギノのテンションディスクは試験で「縦剛性は高いが横剛性が低い」という結果が出たにもかかわらず、インプレッションでは概ね高評価を得ています。その理由について、テンションディスクは柔らかいが故に先に述べたフレームの変形を吸収し、後輪に舵角が付きづらいからではないかと推察されています。

これは、カンパニョーロのG3ホイールの「硬くないのになぜかよく走る」という怪現象の原因そのもののような気もします。いやー面白いですね。

「後輪の舵角を減少させる」というアンカーの開発思想。
それを証明するかのようなプロフォーマット以降のアンカー各車の優秀な走りと、本田さんのニシキの走行感。
その一方で、ピーター・デンクさんをはじめ、海外メーカーのエンジニアの考えは様々です。「剛性は高ければ高いほどいい」という人もいれば、「ロードバイクには適度なしなりが必要だ」という人もいる。ルックとタイムは、ほぼ同時期に発売したほぼ同じ名前のヒルクライム用バイク(785ヒュエズとアルプデュエズ)を、正反対の設計思想によって、正反対の剛性感に仕上げてきました。

ハンガー部分の剛性感は、自転車の性能の根幹を成す要素のはずです。
それなのに、各人各社でここまで考え方が違うとは。
試乗して評価する立場としてはかなり混乱しますが、それだけに非常に面白いテーマでもあります。

剛性は高ければ高いほどいいのか。
スポーツバイクに“しなやかさ”は必要か。
最善の“剛性感”とは何か。
気持ちのいいペダリングフィールとは何か。
“よく進む”とは何か。

空力や軽さや剛性のように数値化できず、乗り手によって正解が変わる曖昧な要素のため、簡単ではないと思いますが、これらの疑問には、ジャーナリスト人生をかけて取り組む価値がある。その思いを新たにしました。

そのきっかけとなったのが、アンカーのプロフォーマットであり、デンクさんの言葉であり、本田さんが持ってきてくださった資料とニシキの乗り味だったんです。

(安井)